伊藤律(りつ) 1913年6月27日〜89年8月7日
除名された日本共産党指導者。岐阜県生まれ。恵那中を経て。1930(昭5)年
一高に入学するが、32年6月、共産青年同盟に加入、9月放校処分。
33年2月、共青中央事務局長となり、日本共産党に入党。
同年5月検挙され、特高の宮下弘(のちゾルゲ事件の捜査担当)に取り調べられ、
共青中央の組織を自白した。34年12月に予審を終えて保釈出所、4月懲役2年、
執行猶予3年の判決、37年8月頃から、長谷川浩に協力して党再建活動に参加した。
全国購買組合勤務を経て、39年8月満鉄東京支社調査部嘱託として入社。
尾崎秀実と交遊。共産党再建グループとして11月検挙(40年8月一時釈放、41年9月再検挙)。宮下の取り調べに北村トモの名を挙げたことが、41年のゾルゲ事件検挙の端緒となったといわれる。
42年6月保釈出所。11月懲役3年の判決。東京拘置所で服役。優遇され雑役係となった。戦後日本共産党に復党。46年5月の第5回大会、翌年第6回大会で、徳田球一の寵愛で中央委員、政治局員となり、50年分裂では所感派(主流派)、マッカーサー司令部による6・6追放で地下活動。51年秋中国に渡り、当時の主流派の最高指導部「北京機関」に参加。 53年スパイとして除名され、中国で投獄。80年9月3日帰国。
文献に「伊藤律の証言」(81年)など。


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