バクーニン  Бакунин、Михаил Александровиу
1814〜76 ロシアの革命家。
無政府主義者。トヴェリ県の名門貴族の子。ペテルブク砲兵学校を出て将校となり、
1835年中尉で退役。父と対立してモスクワに移り、スタンケーヴィチ グループに
入りベリーンスキィ・ゲールツェンらと親交。ヘーゲル哲学に心酔。
1840年外遊、ドイツ、スイス、イタリアを遍歴、1848年革命にあい、プラハで
(スラブ連邦)樹立をはかり、1849年春、ドレスデン暴動を指揮、逮捕される。
1851年ロシアへ送還、禁錮、1857年シベリア流刑となる。
1861年逃亡、日本、アメリカを経て、ロンドンに渡り、1863年ポーランド反乱を
支援、(第1インターナショナル)に入りマルクスと論争、分派(アリヤンス)を作り
1872年除名される。1873年主書「国家とアナーキー」を発表、ロシアのナロードニキ運動のイデオローグなり、神と国家の徹底的な闘争、すなわち最も戦闘的な
(無神論)(無政府主義)を説き、農民と下層市民の暴動を期待した。
このバクーニン主義は、特に資本主義の後進国、イタリア、スペインの革命運動にも
強い影響を与えたが、彼自身は、晩年に革命にも幻滅し、不遇のうちにベルンで客死。
著 「著作撰集」(5巻)1919年〜22年   
「書簡集」(4巻)1834年〜35年。




バクーニン、ミハイル(1814―76) ロシアの無政府主義革命家。第一インタナショナルにくわわったが、プロレタリアの組織的な革命行動よりもむしろ社会から脱落した下層の貧困者の暴動を中心に考え、いっさいの国家(労働者階級が権力をにぎったものまで)を否定する立場は、マルクスと衝突した。彼の一派はインタナショナルのなかで分裂行動をおこし、ことにパリ・コンミューンの敗北後に策動がひどかったので除名された。


大月書店国民文庫=1『共産党宣言 共産主義の原理』より抜粋


共産主義・社会主義・無政府主義 項目別データベース
国際共産趣味青年同盟 赤軍愛好会 赤軍博物館 各部会対話室