ジェルジースキィ Дзержинский
1877年〜1926年 ソ連の政治家。
革命の元勲の一人。 ボリシェビキ。 ポーランド人小貴族の子。
ヴィリノ県に生まれ、中学を中退して革命運動に参加。1897年以降、しばしば逮捕。
1905年革命ではワルシャワで活躍、通算11年間を牢獄と流刑地で過ごす。1917年の2月革命で釈放され、10月革命には党中央のメンバーとして、軍事革命委を通じて武装発起を指導。特にレーニンの指名により、もっとも困難な(非常委員会)の長に選ばれ、反革命、サボタージュ、白色テロと果散に対決し、革命の防衛に献身た。1921年交通人民委員を兼務、1926年党拡大中央委員会でトローツキィ派を弾劾する熱弁をふるいまもなく病死した。
著書
1957年 ”著作集”(2巻) 1958年 ”日記・書簡” 


共産主義・社会主義・無政府主義 項目別データベース
国際共産趣味青年同盟 赤軍愛好会 赤軍博物館 各部会対話室