西園寺 公一(きんかず) 1906年11月1日〜
政治家、戦後、日中友好の民間外交に先駆的役割を果たした。
神奈川県生まれ。西園寺公望の孫。八郎の長男。1930(昭5)年オックスフォード大卒。時代の先端を行く雑誌「世界画報」「グラフィック」を刊行する一方、外務省嘱託、
太平洋調査会理事として国際交流に活躍。
近衛文麿のブレーンの一人となり、軍部台頭を懸念するリベラリストから「第2の近衛」とも期待されたが、41年ゾルゲ事件に連座し逮捕され懲役1年6カ月、執行猶予2年の刑を受けた。戦後、47年の参院選挙で当選(無所属)。在任中の52年世界諸国民平和会議(ウィーン)で陳?承志、郭沫若ら中国要人に会い、帰途北京に初めて訪問。
58年日中友好団体や中国政府の要請で家族と共に中国に渡り、両国間の経済・人事交流や政治問題の処理に当たったほか、北京放送で日中連帯を呼びかけるなど、70年の帰国まで12年間にわたり「民間大使」として日中友好の架け橋になった。
帰国にあたり、「個人が日中間のすべての窓口になる時代は終わった。今後は一生をかけて日中関係の仕事をしたい」といい。帰国後も毎年のように中国を訪問、周恩来をはじめ
要人との親交を深めてきた。58年日本共産党に入党したが、67年親中国派として除名された。 
著書 「貴族の退場」「北京12年」「釣り60年」など。 
                   (今津弘)  朝日人物辞典より


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