安田徳太郎(とくたろう)1898年1月28日〜83年4月22日
医者、社会運動家。京都市生まれ。妹はタカクラ・テル夫人。父の死後一家が伯母(山本宣治の母)の経営する旅館(花やしき)に引き取られる。1920(大9)年京大医学部入学。在学中山本宣治と共に産児制限や性化学のための確立のための努力。
24年卒業も京大医局に残り、無産階級運動に医療面から協力、28(昭3)年3・15事件では救援活動に従事する。30年三高ストライキに関係し医局を追放される。
10月上京、優勢病院に勤務。31年秋田雨雀らとソヴィエト友の会を結成。
32年11月岩田義道の遺体を引き取り解剖に立ち会う。33年2月小林多喜二の遺体を
引き取り、解剖するため奔走したが、官憲の妨害で出来なかった。



共産主義・社会主義・無政府主義 項目別データベース
国際共産趣味青年同盟 赤軍愛好会 赤軍博物館 各部会対話室